里山に暮らして初めてわかった、 日本の田舎がクライシスに向かう不安感

平日は都会で働き、週末は田舎で過ごす。東京生まれ、会社勤め、共働き、こども3人。「田舎素人」の一家が始めた「二地域居住」。自然の恵みを受ける暮らしの一方で、新たに見えてきた「日本の田舎の問題」とは?都会と田舎の往復生活をまとめたドタバタ奮闘記『週末は田舎暮らし』から、一部を抜粋して紹介する。

電車の中でひとり、イノシシに悩む

ヒトヒトヒトのぎちぎち電車に乗り、取材先など仕事に向かうとき。この電車にいる人たちの頭の中では、今一体どんな世界が広がっているのだろうと考えることがあります。

ただし、「イノシシ被害の対策」について考えている人は、乗客多しとはいえ、わたし以外にいるでしょうか?購入からしばらく平和が保たれていた敷地に変化が訪れたのは、今から4年ほど前のことでした。ウサギやモグラがやったにしてはあまりにも深く広範囲に土が荒れ、地面に穴があき、「土地が破壊されている」と感じるようなひどい爪痕が、しばしば見られるようになりました。

そういえば、その前年に、地域の専業農家さんの田畑や土手のまわりにイノシシネットが張られたことを思い出しました。うちはそのときまだイノシシの被害にあっておらず、小さな畑をお楽しみでつくる程度だし問題ないかな、と思っていたのですが、やられてみればその被害の大きさや原状回復の難しさを実感し、うちのめされました。これが世に言う「獣害」かあ、物理的被害もそうだけど精神的にもやられるなあ、と出るのはため息ばかりです。

館山自動車道には実にいろいろな「動物注意」の看板があります。サルの看板が出ている付近で実際にサルの親子が横断しようとしている光景を目撃したこともありますし、我が家にも来た形跡あり。クマ以外はたいてい出没すると言っても過言ではありません。

しかし我が家の宿敵は、やはりイノシシです。四つ足のブルドーザーという名のとおり、鼻先とキバで70キロの石もひっくり返すという怪力。土手に積んである巨大石も、四方八方に転がします。そこまでして何が欲しい!と言いたくなりますが、彼らは土の中にいるミミズが大好物らしい。鼻がいいらしく、ミミズがいそうなすえた土の匂いを嗅ぎ分けて、あんな釣り餌のようなささやかな獲物をとるために、あたりをがっしゃがしゃにぶち壊すのです。

畑で丹精していた野菜は全部ひっくり返されて食べかけが散乱、そこらじゅうが落とし穴級の穴ぼこだらけで、トラクターなど使えない状態、土手の部分ではいたるところで崖崩れが起きています。

この状態を元どおりに戻すために、一体どれだけの労力を要するだろう……。

そして、彼らは、またやってくる。

確実に、またやってくる。

我が家のように山の中腹に張り付いた土地は、イノシシネットでぐるりと囲むのも非常に難しく、数々の撃退法を試したものの効果なし。たまに、隣家の敷地との境界に設置された箱罠にかかることはありますが、何頭も捕まるものではありません。

わたしたちが東京にいる今この瞬間にも、イノシシの家族がやってきているかもしれない。というか、ひょっとしたら日曜夜にわたしたちが東京に向かったのと入れ違いでイノシシ家族が来て住んでいるのか?

平日イノシシ暮らしの場所になっているのか一度は千葉県では絶滅したはずのイノシシが、なぜこの数年こんなに増えているのか調べてみれば、狩猟目的でイノブタおよびイノシシを放した人間がいるという証言があるようです。

人間の勝手で放たれたイノシシが繁殖して人里に下りてきているのであれば、「悪いのはイノシシ」とは言い難いでしょう。イノシシだって生きる権利があるのだから。

また、草刈りに手が回らなくなり、耕作放棄地が増えることで、獣が人里に近づきやすくなったという環境の変化も大きいといいます。

現に我が家の近隣の土地も、7年前はいつもきれいに刈られていた土手に草が多く繁り、田んぼだった土地が1枚、また1枚と手つかずの耕作放棄地へと変わり、少しずつ荒れていっているという現実があります。

そして何を隠そう、自分たちだって草刈りがやり切れず土地の管理の大変さに常にあっぷあっぷしている状態。なぜイノシシが里に下りてくるのかを考えていくと、被害を受けて落ち込む気持ちのやり場は、おのずと人間の暮らし方や振る舞いへの考察に向かいます。

イノシシなど獣害が原因で農業や農村暮らしを続ける意欲を失う人が増え、さらに耕作放棄地が増大しているという農村部の問題を、わたしは身をもって知ることになりました。

人間だけが住むことを想定されてつくられた都市とは違い、動物たちと共生する里山での暮らしは、生まれてからずっと都会で生きてきたわたしにとって衝撃的ともいえる豊かさを感じさせてくれました。

でも、同時に目の当たりにしたのは、「自然と人との関係の壊れ方」。わたしたちが住みはじめてからの数年の間だけでも刻々と悪い方へ向かっていく、それをひしと感じる中で募るのは、クライシスへ向かう不安感です。東京だけに暮らしていたら感じようのない類の不安です。

都市的生活をする人間が増え、田舎から人が離れているということで、こんなふうに土地は荒れ、風景が荒れ、ますます田舎から人が離れるんだなあという実感は、それまで自然の恵みを享受するばかりだったわたしに、「これを知った後、わたしはどう生きるべきなの?」という問いを自らに投げかけます。

ダイヤモンド

http://diamond.jp/articles/-/99087

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